空から降る雪。
きっと人は、『寒い』と言うのだろう。

彼は、僕に教えてくれた。
『雪は冷たいんだ』と。

そう言いながら、彼は僕の掌の上に雪を乗せてみせた。

僕は、彼に向けて微笑みを見せた。
けれど、僕の掌には感覚がなかった。

『雪は冷たいんだ…』

彼の言葉。
僕には『冷たい』と言うことが解らない。
僕の身体は、感覚がない。

だから、彼に触れられても、体温を感じない。
彼に触れても、体温が解らない。
それに、自らの体温すら、解らない。

僕は、痛みの解らない造られた人間。

人間にはなれない、未完成なイレモノ。





DOLLS





僕の隣には、何時だって彼が居る。

彼は、僕に色々なことを教えてくれる。

温度を知らないまま、熱湯を飲み込めば、口の中の皮がベロベロになってしまう
。冷たい氷に触れ続ければ、凍傷になってしまう。

それを彼は、何時も教えてくれる。

熱い食べ物も、十分に冷まさなければ危険がある。

感覚がないとは言っても、痛みと温度を感じないだけ。

彼が作ってくれた料理は、何時だって美味しい。
味覚は、ある。

『ガルマ』

心地良い、彼の声。

身体に触れられている、感触がする。
触感は、ある。

『シャア…?』

後ろを振り向けば、彼が居る。

彼は少し微笑み、髪を撫でる。
側に彼が居る。
彼の香水の香り。
この香りに包まれると、僕は彼に必要とされていると、感じてしまう。

上品な香り。

柔らかい香りが、鼻に心地良い。

そのまま彼の肩に頭を置く。
目の前には、彼の細いブロンドの髪。
それに触れてみると、柔らかい。
光が反射して、キラキラと光っている。

『綺麗…』

僕はクスクスと笑い、髪に鼻を埋める。
香水とは違う、シャンプーの良い香り。
僕も彼と同じシャンプーを使っているのだから、僕の髪からも同じ香りがするの
だろうと、自分の髪の香りを嗅いでしまう。
彼に包まれている、感覚に囚われてしまう。

後ろから彼に抱きしめられる感覚。
僕の長い髪を撫でられる感覚。

彼に触れることが、愛おしい。
毎日彼に触れられるのが、待ち遠しい。
寝ている時間が、勿体ない気がしてくる。



けれど、彼に触れられることが切なくも思える。
不安にもなる。

彼に触れられても、僕には温度が解らない。
彼が冷たいのか、温かいのか、解らない。
彼は僕に触れている時、どう思っているのだろうか?

愛してくれているのだろうか。
感覚のない僕に同情をしているのだろうか。
物足りなさを覚えているのだろうか。
こんな僕を嘲笑っているのだろうか。

何度身体を重ねても、僕は彼の熱を感じられない。
息遣いは荒くはなるが、感覚がない。
何故息遣いが荒くなるのか、自分でも解らない。
『身体を重ねることは気持ちの良いこと』
何かの本で読んだ気がする。

彼は僕と身体を重ねて、気持ち良いのだろうか。
愛を感じてくれる?

僕は彼に触れられるだけでも愛を感じている
。

勝手な勘違いかもしれないけれど。



僕は彼と身体を重ねても、感覚がないと言うのに、僕の身体は何故か反応を示す
。
彼に決まった部分を触れられたり、中を突かれたりすると、身体は反応してしま
う。

声を上げない僕に、飽きてはいないだろうか?



ねぇ、シャア…



不意に重ねられた唇。
僕は黙って、それを受け入れる。
唇を割って入って来た彼の舌が、僕の口内を荒らして行く。

『ふっ…ぅ…』

彼の舌によって、息が乱される。
呼吸が、苦しくなる。
唾液一筋すら零させない、上手なキス。

気付いた頃には、既にベッドの中。

今日も僕は、歓喜の声を上げなかった。
彼はこんな僕に、飽きてはいないだろうか?

『シャア』

名前を呼ぶと、彼は顔を僕へ向けた。
綺麗な蒼い瞳。

『僕のこと、好き?』

いきなりこんなことを聞くのは、少し図々しかっただろうか。
けれど彼は、嫌な顔一つ見せず、微笑んで僕の耳元に唇を近づける。

『愛している』

そう言って、僕の身体を抱き寄せる。

『急に何だ、解りきっていることだろう?』

彼はクスッと笑って、髪を撫でた。

考え過ぎだったのだ。
馬鹿げた考えを持って、悩んでいた自分は何だったのだろう。

『僕に飽きたかと思って…だから…』

『そんな訳ないだろう?』

彼はそれを表現するかのように、甘えるように僕に抱き縋った。

『僕には…感覚がないから…セックスしてもつまらないかと思って…』

俯きがちにそう言うと、彼は僕をじっと見つめた。

『セックスだけが愛情を表現する方法か?』

『シャア…』

『私は君の側に居れるならそれだけで良い。…例え君が私を感じなくとも…』

その時の彼の声は、真剣そのものだった。
その証拠に、腕に力を入れて、きつく僕を抱きしめた。
苦しい程、強く。

『身体だけが全てじゃない…』

そう呟いて、彼は少し微笑んだ。
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