「聖」

煩い。

「こぉーきってば!」

「うっせぇって、聞こえてるっつーの!」

いつもと同じ、俺を呼ぶ声。
煩いくらいだけど、心地が良い。

声の主に目を向けると、馬鹿みてぇなアイツの笑顔。
柔らかな黒髪が、揺れている。

「んだよ?」

いつもの調子で睨みを利かせる。けど、アイツの反応もいつもと同じで、あの笑顔のままで小さく首を傾ける。

「好きだよ?」

「俺は嫌い」

いつもと同じ。
いつもと同じなのに
慣れているはずなのに

何故か、胸が痛い。

家に帰って、部屋で独りになっても、未だ、痛い。

気付きたくなかったのに、突き刺されるような現実は痛くて。

俺…もしかして…



−俺は嫌い−



そんなの、嘘でしかなくて…

俺はきっと、アイツのことが…

嘘だけは吐きたくなかったのに。
自分にだけは、嘘は吐きたくないのに。

「好き…」

んなこと、言えるワケねぇよな…

アイツが本気で、俺に「好き」だなんて言っているのかも解らないのに…
アイツは冗談を言うのが好きで、その「好き」と言う言葉さえも、冗談かもしれないのに。

俺が言って、笑われたら…

やっぱ、素直になんかなれねぇよ…。

俺がアイツに「好き」と言って、嫌われたら…?

あぁ、ダメだ…どうしてもマイナスに考えちまう…。

俺はアイツが好き…けど…怖い。

嫌われるのが
離れていくのが
今の関係が崩れてしまうのが

全て、全てが、怖い。

でももしも、アイツが言っている言葉が本気だったら…?

…だとしたら、アイツは俺なんかよりもずっと強いんだな…。
俺はアイツとは違って、嫌われるのが怖いから。
ソレが怖くて、一歩も踏み出せなくて。

臆病だなぁ、俺。

好きな奴に自分の気持ちすら伝えられなくて
無駄に悪口ばかり吐いて。
また殴ったりして。
沢山傷付けて…

本当の気持ちを、無理矢理隠して。気を紛らすために、煙草をくわえて火をつける。

「苦い…」

煙草の煙を肺へと入れて、小さなため息を漏らす。

不意に零れた涙が、手の甲へと落ちた。



その瞬間、部屋中に携帯の着信メロディが響いた。



モニターに映された名前は…

“田口淳之介”

なんでよりによって…。

疑われないように、出来るだけ平然を装って、受話をとる。

「聖…?」

「何だよ、わざわざ電話してきて…?」

「いや、今暇かな…と思って」

いつもの調子の、笑っているような声。
俺はいつも、その声に何故か安心してしまう。

「今から…会える?」

「…今から?解った、何処行きゃ良い?」

小さく息を吐いて、吸いかけの煙草を灰皿へと捻り込んだ。
俺の手によって消された煙草の煙が、部屋中に立ち上っていた。

「じゃあ…俺、聖ん家の近くきてるから…下、下りてきて?それじゃ、また…」

「ちょっ…たぐ…!?」

俺が言い返そうとしたときには、既に受話口から電話が切れた時の機械音が鳴っていて。

俺は無意識に溜息を漏らして、携帯を耳元から離した。

上着を羽織り、ポケットの中に携帯を入れて、家の階段を怠そうに下りた。

「ちょっと出かけてくる…」

親にそう伝えて、家を出た。

すると、既にアイツは外で待っていて。

「なんだよ…?」

頭を掻きながらアイツの目の前に立つと、アイツはまたいつもと変わらない笑顔を向けてくる。

…俺はコイツのこの笑顔に弱いんだよなぁ…

そんなことを思いながら溜息をつくと、アイツはクスクスと口許に手をあてながら笑った。

「んだよ…?」

「溜息つくと幸せ逃げるよ…?」

笑いながら言うアイツに、俺は苦笑いを返した。

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